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逆動物園♪

DCIM1008.jpg

サルが群れでおりてきているとのことでした。
ちょうど石で砂を作る遊びに没頭していたので私は景色を眺めていたのですが何か茂みにいるなあ~などと思っていたらサルのようでした。

アスレチックが一面動物園の猿山のようになり
うちらは息をひそめて眺めていました。三男は静かに親子サルのところに行って見ていました。
おっぱいを飲んでいたらしいです

写真は、たぶんボスです。普通のサルと違って視線が合うんです。静かに、気配を静かにすれば襲うこともないでしょう。

サルの赤ちゃんがとてもかわいかったです。赤ちゃんサルは、すごいおしゃべりなんですね。


~~~
次男の参観でしたが、班の活動で、条件に合わせて絵を完成してく思考を使うような授業でした。
次男には簡単でしょうけど、(といっても1問間違えたらしいです笑)班の活動なんで、協調性が要ります。といってもわかる子にはつまらないだろうとは思いますが・・・集団教育の難しい所ですね。

校長先生の視線が気になりました。(以前に市で次男の発達検査をお願いしていましたがキャンセルしたので)まさかただの主婦が療育なんてできるわけがないとやはり思われているのでしょうね。
実績がないと認められない事なので、もっと頑張ろうと思いました
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幼稚園・保育園選びのコツ 子どもの本当の遊び 過去記事です

幼稚園雑草(上)
倉橋想三著
津守真・森上史郎編   フレーベル館
倉橋想三文庫5

引用させていただきました。

「子供の遊びというものは昔から往々誤解せられていて、いかにも下らないもの、つまらないもの、時には悪いものとさえ考えられていた。とりわけ子供を教育しようというような場合においては、遊びは非常に邪魔者のように取り扱わられた。
「遊んでばかりいて困ります」「遊んでばかりいてはいけない」というような言葉は始終聞かされる小言であった。ところがよく考えてみると、子供にとって遊びほど幸福でまた貴いものはない。

子供が遊ぶということは大袈裟にいえば、つまり子供が生きているということと同じ意味であるといってもいいのです。

昔から子供の遊びをつまらないものだと思うことがあったのは、つまりそれが何の役に立つかということを大人と同じような意味で見てゆき過ぎたからであって、一時間遊んだからこれだけ仕事ができたとか、一日遊んだからこれだけ役に立つ用が出来たとかいうことでは勿論ない。

けれどもその遊びの中で自然に子供が身体と心を活動させているところから起る利益というものは、実に非常なものであるのです。

子供が遊んで困ると口癖のようにいう人も、その子供が遊ばなくなったらどうでありましょうか。傍から頼んだところで、また遊びの必要をいってきかせたところで、また叱ったところで、子供は本当に遊ぶものではない。

ある人は塀の外から幼稚園をのぞいてみて「何だ遊ばしてばかりいるじゃないか」「幼稚園に通わしたのに何一つ役に立つようなことは教えてくれないで、ただ毎日遊ばしてばかりいる」

こういう人は幼稚園というものを一番わかっていてくれない人であって

「さすが幼稚園である。自宅では遊ばない子供もここへこればあんなによく遊ぶ、よくもああやって一生懸命遊ばれるものだ」
といって貰ってこそ、それは幼稚園にとって大きな手柄です。

~~~
ところが子供の中には十分に遊ぶ気のない子供もいることがある。また本当の自分の力の一部しか出し得ないでいる子供もある。そういう子供のためにはだれかその子供の活動を上手に引き出してやるのがなければならぬ。
ちょっと引き出してもらえばそれからそれへと活動の欲が起こって来てその子供の愉快も幸福もずんずんと増していくのである。
幼稚園が子供を遊ばせるという第二の役目はこの点にあるのであります。即ち幼稚園はただ遊びたい子供を遊ばしてやるというばかりでなく、子供を益々遊びたいものに導いてやるのであります。

幼稚園の第一の役目は先ず子供の遊びに満足を与えてやるということであって、教育教育とむずかしくばかり考えて、この満足を与えることを忘れてしまうようなことのないように気を付けなければなりません。」



本当の子どもの遊びというものを、よく見極めないといけないと思います。沢山遊べる時代は幼児期しか、ありません。
利益・名誉重視の園、心がない先生(経営と心は別だが)、子どもの遊びをわかっていない先生、流行りにのる軸がないブレル園、たくさんの園がありますが、泣いたり笑ったり、とことんやったり、けんかしたり、、お子さんの心がいつも満足するような幼稚園を。心が本当に満足すると、しつけ・という概念がなくなるほどに賢くなると、思います。
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チャレンジの宝箱



確か年長さん用の付録だったような気がしますが、これありましたよね。これをできるだけ長く楽しめる方法を紹介します。といってももうやっている方も多そうでけど

5日勉強して5日目で宝の鍵が開くようになっていて、シールを1枚づつゲットするのですが、何日か分いっぺんに入っているので初めて開けた時に全部の宝がわかってしまうことになりますよね。
5才ともなると約束を守るとかの域ではなく、すでにわかっている宝をまた5日間待ってゲットするのはちょっとつまらないだろうな・・・と思い。。

シールは2回目開けた時に全部ゲットしてしまい、というかすでにつまらなさそう
「今日全部はっていいんなやない?今度違う宝が入ってるということだと思うよ~」
などと言い、

子どもに内緒でサプライズで事前に宝を忍ばせておくようにしています

そこに入る大きさのものじゃないといけなくなりますが、2回ほど三男は大喜びでした

中身は、大人用の工芸品?のビーズやスパンコールなど本格的なものでも棚替え(デザイン切り替わり)の時は格安で買えますので、それをいくつか揃えて三男の好きそうな宝っぽく忍ばせておきました。

忍ばせるには、子どもが気づく前に開けて入れておかなければならないということですが。

これが終了するときは、子どもが
「お母さんが開けて宝を入れた」
事が予測ついた時でしょうか。笑

三男も、「何で今日押していないのに、星がついているの?(5回目になっている)」と言ってますが・・・
さあ?で済ましています。

なので、1回別の宝をげっとしたあと、何もせずに毎日こっそりコツコツとやったよボタンだけ押している日もありましたが、そういう日は入れませんでした

うちはダラダラ勉強なので時間も日にちも何も決めずに取り組んでいますが、思い出したようにやっています。
というか、本当になぞりとシールはりくらいしかする事がないですけどね。
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良質な文章題・勉強



色々な問題集で良い問題がないか探していますが、やはり算数は「中学受験プレステージ問題集」
にいきつきます。

画像は3年生ですが、文章題の特集みたいなのがあります。
2年生でも、植木算が入っています。あとは新学習指導要領が入っているのでわかりやすいですね。
探している途中で解きたくなり、探しているのを忘れてしまっていました

こういうトップクラスの計算問題は、桁が多くなるだけのようです。
しかし、そろばんや公文に行かずに、相応で計算が早くできる方法がないかなと模索しています。
行っても良いのですが、結局は遊ぶ時間を削って行くということなのでね~

多分2日にいっぺんくらいの100マス2枚ほどタイムを計って(2枚目は必ず更新するようにする)面白くさっさと終わる感じでやればかなりできるようにはなりそうですが…
私事では、5、6年用の100マス計算を作ってほしいです

高学年で躓かないようにするには、やはり幼少期に沢山遊ぶことでしょうね。
高学年で躓くと、かなり大変です。「考える」こと自体をしないため、わからない以前の問題です。

ペーパー以外の勉強では、お使いを頼むようにしています。
というか勉強という概念なく、頼んでいるだけですが
頼む前に、今の子はこういう経験が全くないだろうなあ~と複雑な気分になりました。
次男だけですが、今日は郵便局の窓口に行ってもらいました
次男は失敗することがないので助かります
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倉橋惣三の本 ② 過去記事です

幼稚園雑草(上)

倉橋惣三著
倉橋惣三文庫⑤
津守真・森上史郎編
フレーベル館

「幼稚園へ来る位の小さな子供は、あるいは叱ったりあるいは抑え付けたりして、こちらで思う通りのものに据え上げようとすればこれも必ずしも出来ないことではない。しかし植木屋によって無理に枝をまげられたり、矯められたりした植木が、ちょっと見ては面白く盆栽として人にめずらしがられ、床の間に置かれたり、飾りものにされたりすることはあっても、それはもうそれきりであって、それ以上伸びもしなければ発達も止まってしまう。小さい子供もこういう目にあうことは決して幸せとは言えないのであります。それならば、子供にとって本当の幸せとはどういうことかといえば、出来るだけのびのびした自然の発達を遂げさしてもらうことである。
~~~
身体を十分に発達させるにはどうしたらいいかといえば、手をとり足をとって飴のようにひきのばすわけにはいかない。それには子供を十分広いところで運動させるより外はない。元来人間の身体殊に子供の身体はじっとしていることが嫌いであって、運動を求めているのである。その求めている運動をさせずに置けば、身体は次第に衰弱する。その求めている運動をさせてやれば、身体は発達するということになる。これは格別説明するまでもない。

~~~
心は身体と同じようにあるいは身体よりももっと以上に、じっとしていることが嫌いであって、常に動き、働き、活動を求めているのである。この活動を押さえつけて働かさなければ心は次第にいじけてしまう。この活動に満足を与えていけば次から次へと活動して、いくらでも心が伸びてゆくのです。」


やはり昔から子供のアウトプットだけ期待したり子供の心まで満足させるということはあまりなかったようですね。
私も全く同じ考えで共感できます。
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